2012年6月24日 (日)

沖縄慰霊の日を読んで

ヴァイオリニスト與那嶺理香さんの投稿を読み
ブログを記しています。

ブログ、フェイスブック、ツイッター。。。
なんだか、いつも同じ事ばかりコメントしていますが。。。

今、沖縄基地問題、原発、消費税をはじめとした自分たちの生活に直結する
大きな問題をたくさん抱え続ける日本。
何一つまともに対応することなく先送りする日本。

ここ数年で国が行った事で評価出来るとすれば、交渉がどう行われ、
その後の満足な進展に繋がらず現状とても残念な事だが、
北朝鮮による拉致被害者の数名が無事に日本に帰国出来た事以外には
すぐに思い出せない。


昨日は「沖縄慰霊の日」。

調べてみれば、また知らない事がたくさんあった。
僕自身が自国のことをよく知らないのだなあ、
と痛感し、大人として恥ずかしい。

調べない自分の非を横に置けば、
小中学校の義務教育内でちゃんと歴史を伝えてほしかった。
年金のシステムや、社会人として、国民としての義務について等も。
意見や感想ではなく、事実であろう事実を。

過去の歴史、出来事を見ると思うが、日本国は民を守らない国。
なんとかその場を凌ぎ先送りし、皆が忘れてくれるのを待つ国。
そして、いつも苦労、苦難を強いられるのは現場、現状に
直面する人々である。

「家族」や「仲間」そして「国」を守る為に戦う。
という結論になるのであろうが、傷つけ合わずに解決
する方法が必ずあるはずである。

僕はそう信じるが、本当は手立てがないのか?

戦争で命を落とすのは「人」だが、戦争をしているのは
「国」や「宗教」であるなんらかの「集団」。

その戦争で命を奪われた先輩達。
出陣前の文章に、(正確な抜粋文章ではありません)
「新しい日本の為、家族が幸せに暮らせるなら、
この戦争を終わらせられるのなら、その『礎』となれるなら
自分たちの命の何が惜しい。」
といった内容のものを見た事があります。
10代20代の若者の言葉です。

60数年前にこの国であった事です。
たくさんの人が死にたくないのに命を落としました。
今の一見豊かな日本を想像出来たでしょうか?

どうやら正確に報じられる事の無い国内情勢ですが、
各地で行われる様々な問題へのデモ行動、
個々が頑張っている事が、少しでも良い結果に繋がり、
何年か後に暮らす人々が、僕らと同じ思いをしないで済むことを
祈ります。

「平和」を祈る。

とても大きな目標かもしれませんが、
もしかしたら、一番簡単に出来る事かもしれない。

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2012年6月11日 (月)

デモに参加

これまでネット上でしか見聞きしたことのない
首相官邸前で行われている

「原発再稼働反対デモ」

に初めて参加しました。

感情的にならぬよう、時間を空けてコメントしようと思ったが、
変わらぬ思いなので、今思うことを綴ります。

僕は原子力に頼る生活は反対です。

本で読み、人から話を聞き、ネット、
テレビ、ラジオ、新聞から伝えられるニュースから、
どれが正しくて、どれが必要で、どれが大切なのか、
色んな情報がもたらされます。

皆、そこから判断していると思います。

広島の原子爆弾被爆者の父を持つ僕はより敏感に
「原子力」という言葉に反応しているのかもしれません。

僕は原発反対です。


「原子力発電の代わりになるエネルギーについてコメント出来ないなら、
アイデアがないなら、反原発を唱えることは無責任である」
と、言われたことが何度もありますが、僕はとにかく原発反対です。

一度着けてしまったら人間の力で消すことの出来ない「火」。
今回のような事故があれば、「誰か」にたのんで、
とりあえず「水」をかけるしかない。

でも、結局消すことは出来ない「火」。
冷温停止は消えているのではないのです。

そして、そこから出る廃棄物を処理する手立てがない。
ただただ溜めて先送り。
人類が地球に存在する間はずっと溜まり続け、
そして10万年以上かかって、やっと無害に近づくかも
しれないらしい。。。

結局、苦し紛れにそこらへんに埋められる「有害廃棄物」。
10万年後に存在してるかもしれない生命体に
どうやって伝えるんでしょう。
「ここは危険です」と。
文字も絵も、CDもDVDも朽ちて使い物にならないでしょう。
それとも、おかまいなしでいいのでしょうか?


幸せになる為に研究された「原子力」だったのであろうが、
結果として

「今が良ければそれでいい」

ということになっているように思います。

これは、手を出してはいけない領域なのです。
発見して、始めてしまったけれど、
過去の戦争、実験、事故を教訓に

「止める」「放棄する」

既に世界中にある原発はこの処理出来ないモノに
なってしまいましたが、稼働しなければ大事故に繋がる
可能性が下がります。

今からでも「止める」。決断をしなければなりません。
そして、人間の知恵を絞って、廃棄物の処理法を考えなければ。。。


このような上に成り立つ繁栄。
経済成長であるなら、そもそも間違ったものです。

電気が少なくなれば困る人がいる。
そんなことは子供でも分かります。
ならば、少ない電力で困る人が出ない世の中を考えよう。

病院や施設、役所、銀行、駅、空港、工場。。。
そして、もちろん演奏会場やスタジオ。。。
明るさを保つことでの治安維持も出来る。
必要な場所はいくらでもあるでしょう。

大切な「命」に関わることもたくさんあると思います。

でも、絶対出来ると思う。
昨年の節電騒ぎはどこへいてしまったのでしょう?


みんなで努力すれば、乗り切ることが出来て、
新しい生活が出来るのではないかな?

先ずは原発無しで生きることを決心して、
全てはそれから始めてはどうなのだろう。


野田首相が下した判断は、将来必ず間違いであったと
証明される日がくるでしょう。

地球にとって、人類がなくなることはたいした問題じゃありません。
地球の歴史に於いては人類の存在は一瞬なのではないですか?

僕たちはこの地球で好き勝手に振る舞っていますが、
人類以外の生き物全てに、たくさんの迷惑をかけて生きています。
便利に過ごせる為なら手段を選ばないのが人間です。

誰もが痛い思いをしたり、嫌な気持ちになるべくなりたくありません。
でも度を超してしまってはいけません。

だから、平和に生きる為に原発反対です。

どんなに屈強なものを造っても、自然には勝てない。
今までもこれからも。。。

そろそろ学んだことを生かさなければ。

平和を保つという表向きの理由で、世界には大量の核兵器が存在ます。
原発は事故になれば、あらゆるものを傷つける武器になりうる存在だとういことが、
日本で起きた事故ではっきりしました。

被爆国である日本。

平和を唱えよう。
再稼働反対!


このスピーチのことは以前から知っていましたが、
世界がずっと変わらずいるということを、
改めて思いました。

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