京都の休日
コンサートの翌日、お休みだったので、一日ゆっくりすることにし、妙心寺にある徳雲院を訪ねました。
ここは、語学留学時代の先輩、そして今は人生の先輩である柴山昌実和尚のいるお寺で、訪ねるのは三回目。
禅宗のお寺は簡素で、特に派手な装飾はなく、
静かなたたずまいです。
早速、作務衣をお借りし、気分は修行増?。
久しぶりに昌実さんと二人、静かにお酒を酌み交わし、
色々なお話をして、心の浄化が出来ました。
その晩は、徳雲院本堂脇にあるお部屋で
一泊させて頂きました。
ただし、昌実和尚一家は別棟が住居となっているので、
お寺に残るのは僕たった一人。
一晩、お寺に、一人ぼっち・・・なわけです。
「恐怖は、自分の中にある」
昌実和尚の言葉です。
が、
そうは言われても、
修行の足りない僕にしてみれば、
怖いものはコワイ・・・。
実は、前回泊まった時も、
「何も見えない、聞こえない」
と、自分で自分に言い聞かせ、明るくなるまでトイレも我慢し、
若干、寝不足気味の?朝を迎えた次第で・・・。
なので今回は、酔ってぐっすり寝てしまおう、と
焼酎を部屋に持ち込み、準備万端、
余裕のはずだったのですが・・・
どーして、こういう時って、必ず、
夜中にトイレへ行きたくなるんでしょうね。
しかも、酒飲んでる分、我慢もきかず・・・
結局、渋々おトイレへ。
静まり返った真っ暗な廊下に、
ガラガラと扉を動かす音が響き渡ります。
夜中に「木が鳴る」って、
さっき昌実さん言ってたな・・・。
便器から手が・・・
なんていう怪談話、昔流行ったよな・・・。
背中がゾクゾクっとして、
ちょっとだけ、足早に部屋へ戻りました。
部屋に戻り、「さあ、寝るぞ〜!」
と、意気込んではみるものの、それとは反比例して、
目はランランと冴えるばかり。
なぜか、携帯の電波は、
異常に不安定。
気を使って頂き、部屋に小さなテレビを
置いて下さっていたので、早速つけました。
でも、テレビから流れる喧騒は、不思議なくらい
その場には不似合いでした。
しばらく、ぼんやり眺めていましたが、
前回よりも、多分、ちょっとだけ大人になった?僕は、
『こんなところまで来て、テレビ見てるなんて!』
と思い直し、意を決してパチっと消しました。
テレビを消した後の、
静けさ。
初めはちょっと怖かったけど、
それはそれは美しい静けさでした。
季節柄か虫の声もなく、人声、
車やバイク、飛行機はもちろん
水の落ちる音、風の音すらありません。
久しぶりに、『無音』という「音」を聴きました。
仕事柄、レコーディングスタジオでは、
限りなく「無音」を体感しますが、
自然界での美しい無音は、本当に感動的で、
ゆったりした気持ちで眠りにつくことが出来ました。
「恐怖は、自分の中にある」
今回、昌実和尚の言葉がほんの少しだけ、
わかったような気がしました。
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